世に作品を出すのも一苦労

2008年4月25日放送分『ベリキュー!』で、真野ちゃんが引用していたツルゲーネフ(Иван Сергеевич ТУРГЕНЕВ :作家、1818-1883)の格言。
「幸せでありたいのか、それなら苦労を知れ」


この元ネタは、『散文詩』って作品に掲載されているやつ。
以下、ツルゲーネフの『散文詩』に関して一部ネタバレがあるので注意。



岩波文庫版(神西 清+池田 健太郎訳;1958年8月25日発売)だと、P.158 に載っている「処世訓」がそれに当たる。
ってことで、「処世訓」ごと引用しておく。

安らかならんと願うなら、交際(つきあい)するとも1人で生きよ。
何事もくわだてず、一物たりとも惜しむな。


仕合せならんと願うなら、まず学べ、苦しむ術を。IV*1 1878
ちなみに、日本語版は『散文詩(セニリア:老人の言葉)』と『新散文詩』の2部構成で、「処生訓(日本語版解説ママ)」は『新散文詩』で登場。
2部構成になった理由は、この作品群が発表された経緯が割と複雑なため。
散文詩(セニリア)』について、岩波文庫版からP.201-P.202 の解説を引用しておく。
(中略)
この「セニリア」と題された『散文詩』五十一編(本書の前編)が発表されたいきさつは、かなり偶然的だった。
すなわち一八八二年の夏--彼の死の一年ほど前に、雑誌「ヨーロッパ報知」Vestnik Evropy の主筆スタシュレーヴィチ M.M.Stasjulevich(1826-1911)が病中のツルゲーネフを訪問した時、たまたまその幾枚かの草稿が、「いわば画家が大作に役立てるためのエスキースエチュードのようなものだ」という前置きつきで、読み上げられたのである。
ツルゲーネフははじめ発表の意志を持たなかったが、編集者の熱心な奨めを聞き入れて、ついに五十編の発表を承諾した(残る一編は『しきい』で、それについては「注」を参照)。
こうしてこれらの詩篇は、同年十二月の「ヨーロッパ報知」に、次のような編集者の言葉を付して発表されたのである。--
(以下略)
で、『しきい』の発表過程は、岩波文庫版 P.196 の注によるとこんな感じ。
六十四 しきい
この一編のモチーフとしては、直接にはいわゆる『ヴェーラ・ザスーリチ事件』(彼女は一八五一年生まれの女革命家で、警視総監トレホフがある政治犯に咎刑を加えたのを憤って一八七八年一月、彼を射撃負傷せしめ、同三月の陪審裁判の結果、無罪となった--)、間接には七七年に起こった種々の政治犯事件に女性の参加が顕著であった事実などであろうと推定される。
したがってこの一編が公に発表されるまでには長い曲折の歴史がある。
一八八二年夏ツルゲーネフが、『ヨーロッパ報知』の編集者あてに発送した原稿の中には加わっていたのだが、そののち校正の際に彼は自発的に撤回しようとし、スタシュレーヴィチに向ってたびたび撤回方を要請した末、発表された五十編は、これを除き新たに『処生訓(元ネタママ)』を加えたものであった。
超えて八三年九月、すなわち彼の死の直後に、当時の急進派であった『民衆の意思党』は、この詩に宣言書を付して秘密出版し、彼の埋葬の日にペテルブルグに撤布した。
この詩がようやく合法的に日の目を見たのは一九〇五年である。
なおこの一遍は久しく一八八一年前年の諸作と誤認されていたもので、在来の刊本はいずれもこれをのちの『祈り』の前においている。
また上述の数奇な運命を経る前に、これは少なからぬヴァリアントを生じたが、アカデミア版の編者の言葉を借りれば、この訳のテキストとした形が、作者の最後の意思に叶うものと思われる。
政治的に物議を呼ぶのを恐れて引っ込めたか。
ま、当時のロシアの政治体制を考えればやむをえないのかもしれないが・・・。


で、『新散文詩』については、岩波文庫版の解説 P.208-209 によると以下の通り。
(中略)
『新散文詩』と題した三十一編は、今世紀なってからパリのヴィアルドー家の書庫で発見された手稿中に収めてあった八十三編の散文詩から、前述の五十二編を引き去った残りである。
元々ツルゲーネフは、「ヨーロッパ報知」に第一回分の五十編を発表したのち、もし反響が好ましかったら、さらに五十編を選んで発表する予定だった。
この志はついに果たされなかったが、新たに発見された三十一編は、二三のいわゆる「私的なもの」を除けば、ほとんど第二次の発表に当てられるべきものだったことは疑いない。
この部分はコレージュ・ド・フランスアンドレ・マゾン(Andre Mazon)教授の手で校訂され、『新散文詩』と題してシャルル・サロモン(Charles Salomon)の仏語訳とともに、一九三〇年、パリで限定出版された。
(以下略)
・・・ТУРГЕНЕВ にしてみれば、自分の作品を死後になって発表してもらったのは良いことだったんだろうか?
まぁ、この辺りは色々議論が出そうだがね。



なお、アカデミア版の一部は↓。
・«Стихотворения в прозе», «Реtits poemes en prose», «Senilia», «Gedichte in Prosa». (turgenev.org;ロシア語)


仏語版の『新散文詩』は "Turgenev, I.S. Mazon, Andre, 1881- Manuscrits parisiens d'Ivan Tourguenev; notices et extraits. -- Paris, Champion, 1930. (Bibliotheque de l'Institut francais de Leningrad, t.9)" というもの。
例によってどこかで売ってるので、暇なら(略

*1:4月のことを表してるっぺぇ